生まれも育ちも神戸。現在地は大阪・中崎町。座右の銘は「愉快」。

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【雑記】「自分がしてほしくないことは人にもするな」という危険性、および「思いやり」の考察。

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「自分がしてほしくないことは人にもするな」という言葉がある。
とても分かりやすいし、もっともらしく聞こえる教訓のようである。
でも、本当にそうだろうか?
素直に納得してしまっていいのだろうか?
僕は、この言葉に接する度に鉛玉のようなずしりとした違和感を覚える。

例えば「お前は殺されたくないだろう。だからお前も人を殺してはいけない」という言葉も、自爆テロを行う人に対しては何の歯止めにもならない。
それならばと「肉親を殺されたくないだろう。だからお前も誰かの肉親を殺してはいけない」という言葉も、「俺はお前らに肉親を殺された」と返されたら途端に空虚な響きに変わる。
「俺には家族も友人も居ない。みんな殺された。だから俺は自らの命を犠牲にしてお前らを同じ目に遭わせてやる」と言われたとき、何と返せばいいのか。
その人がしてほしくないこととは何なのか。
残念ながら僕にはまったく想像がつかないし、正解を導き出せる人などきっと一人も居ないだろう。

「自分がしてほしくないことは人にもするな」というのは、「どんな人でもしてほしくないと思うことはあるし、それはだいたい似通っている」という思い込みによるものである。
「自分はこういうことはしてほしくない。だからあの人もこういうことはしてほしくない(はずだ)」という、いわば自分勝手な傲慢である。
なぜ人は「自分」を基準にしようとしたがるのだろうか。
なぜ自分以外の「他者」には別の基準があることに考えを巡らせないのか。

「他の人のことなんか分かりようがない」ということなのかも知れない。
その通りである。分かりようがない。分かるはずがない。
でも、だからこそ、それを出発点にしなければ、それを事実として受け止めなければ、ただただ「自分」を押し付けるだけになってしまう。
「自分にはよく分からないけど、あなたはそれがいいんだね?」
「自分にはまったく理解できないけど、あなたがそれを望むならば実現できるよう努力しよう」
「でもこちらとしてはこうして欲しい。あなたが理解する必要はないけれど」
分からないなら分からないままで、それでも相手を尊重し合う。認め合う。お互いに受け入れる。
それだけでこの世からテロや戦争がなくなるとはもちろん思わないけれど、とにかく一つの取っ掛かりにはなるはずだ。
と思っているのだけど、どうだろう。

こういうことは日常生活にもよくある話だ。
例えば、ある記念日に誰かがサプライズを企画した。
でもサプライズされた方はそういう演出があまり好きではなく(というか嫌いで)、いまいち喜ばなかった。
するとサプライズを企画した方は「なんで? こんなに考えてサプライズをしたのに。普通はもっと嬉しいはずでしょ?」となった。
よくある光景だと思う。
これも典型的な思い込みである。
「サプライズされたら喜ぶはずだ」と、「喜ばない人が居るはずがない」と、そう心から信じている人がこの世界には少なからず存在している。
だからそういう人たちは良かれと思って相手を驚かせるために奮闘するのだけど、実はそんなことを望んでいない(というか迷惑としか思わない)人だってこの世界には少なからず存在しているのである。
(まぁもちろん単にサプライズの仕方を間違っただけなのかも知れないが)

ここで大事なのは、サプライズを望む側と望まない側が理解し合うことなどではなく、お互いが「そういう人も居るんだね(自分には理解できないけど)」と他者をとりあえず受け入れることである。
おそらくこの人たちは一生分かり合うことはない。
まったく別の価値観を持ち続けるだろう。
でも、それでいいのである。「それでいい」と思うこと、受け入れること、認め合うことが大事なのである。
その上で、まったく価値観の合わない人との付き合いを続けるかどうか、続けるのであればどう続けていけばいいのか、を考えることこそが「相手を思いやる」ことに繋がるのである。
自分の価値観を基準に「これで相手は喜ぶはずだ」というのは、思いやりでもなんでもない。先述の通り、ただの傲慢だ。
自分とは違った価値観を持つ人に対して、それを理解できないなら理解できないなりにどう折り合いをつけていくかを考えること、これが僕の思う「思いやり」である。

自分と他の人は違う。
当たり前のことではあるけれど、それを受け入れることは実は案外難しい。
でも、それをしないことには何も始まらない。
何が違うかを理解する必要はない。
ただ「違う」という事実、それを認めることがまずは大事なのだ。

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100 分 de 平和論』(NHK E テレ)の中で文頭の「自分がしてほしくないことは人にもするな」という言葉が出てきて、割と無批判に出演者全員から「うんうん、そうだよね」みたいに肯定されているのがなんとなく気持ち悪くなったので、とりあえずそれを出発点にして腹の底に浮かんできたものを掬い取って何とか言葉に変換してみました。

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