考えてること・考えたこと

大学生や大卒(以上)の人を「羨ましい」と思っていることを認めることにした。

長ったらしくて回りくどいタイトルですが、言いたいことは言葉の通りです。

僕の最終学歴は工業高校卒で、大学には行かず 18 歳になる前から働き始めました。
それは、中学時代に「大学生なんて遊んでるだけ。だったらその 4 年間、社会に出て働いた方が良い」というすごい偏見を持っていたからで、工業高校を選んだのも「普通校より工業高校の方が、卒業したらすぐ働けるだろう」と考えたからです。

それからもうすぐ 14 年。
たくさんの大卒・院卒の人たちに出会い、「あれっ?」「やっぱ大卒とか院卒の人ってすごいな」と感じることも多々ありました。
しかし、その度に僕はずっとこう自分に言い聞かせていたんです。
「僕の判断は間違っていない」
「たとえ僕が大学に行ったとしても、きっと遊び呆けてただけ。こんなすごい人たちみたいにはなれてない」
「僕は大学へ行かず働いていた方が良かったんだ」

今になって思い返すと、それは単なる意地だったんだと思います。
あと、しょうもないプライドも少々。
大学に行くことの意義や意味を見出してしまうと、これまでの自分を否定することになってしまうんじゃないか……。
簡単に言うとそういうことです。

しょうもないですよねー。
でも、工業高校を卒業して働き始めてからずっと、本気でそう思っていたんです。
「ひょっとして大学に行った方が良かったんじゃないか」と考えそうになると、それを必死に覆い隠そうとする。
で、何もなかったように平静を装う。「高卒ですけど何か? それが自分にとっては正しい判断だったんですけど?」
そうやって誤魔化し続けていることをアタマのどこかでは気付いてたんでしょうが、気付かないフリをしてたんでしょうね。
「気付いたら終わりだ」って具合に。
要はコンプレックスの裏返しだったんでしょう。

でも、事ここに至っては、もう、気付かないわけにはいかないというか。
認めざるを得ないよなぁ、というのが正直なところです。
「大学、いいなぁ」「4 年間遊びたかったなぁ」なんてことも思ったり。

無理してたんですよ。それも相当な。
自分に嘘をついていたわけだし、変な意地やプライドがエンジンになるといろいろ歪んでいきますしね。
そうやって自分で自分にダメージを与え続けて、今になって体中の古傷から血がタラタラ流れ出てきてるという。
整備不良のマシンを騙し騙し使い続けても良いことはありません。

よくよく考えると、働き始める前に「自分は何になりたいか? どんな仕事をしたいか?」なんてことを真剣に考えたことはないんです。
工業高校には各企業から「求人票」というのが届いて、それを生徒の成績(レベル)に合わせて先生たちが割り振るというシステムですから。
もちろん生徒から一応希望は出しますし就職試験もちゃんと受けるんですが、大学みたいな「就活」は基本的にしません。
(そうじゃない工業高校もあるかも知れませんけど)
なので、卒業後の進路について真剣に悩むということは(当時は当時なりに真剣だったんですけど)なかったと思います。
「就職先は与えられる(与えてくれる)もの」という意識がかなり強かったですね。
そして一旦社会に出ればがむしゃらに走り続けるしかなくて、時間をかけてじっくり悩むなんて余裕はどこにもありませんでした。

中学時代には「大学生は遊んでばっかりだ」と否定的に考えていたのに、今は逆のことを思ってます。
つまり、遊びって大事なんですよ。本当に。
もちろん学生の本分は勉強なんですけど、遊びの中で学んだり成長したりする経験は何物にも代え難いものがある(んだろう)なぁ、と。
自分がどんなものに興味があって、どんなことをしたいと思っているのか。
実践してみた後にその気持ちはどう変化するのか。あるいは、変化しなかったのか。
それを経て次はどんなことをしよう/したいと自分は思うのか。
そういう積み重ねや繰り返しを続けることで、「何がしたいのか」や「何ができるのか」が徐々に分かってくると思うんです。
たとえその経験が仕事に直接生かされなかったとしても、個人の成長には大きく寄与しているはず。

大学時代ってよく「モラトリアム(猶予期間)」と言われます。
実はその期間中に「どれだけ本気で遊べるか」ってことが、その後の人生を大きく左右するんじゃないでしょうか。
で、僕はその大事な「猶予」を自ら放棄したわけです。
当時はそこまで考えは及んでいなかったんですが、今となっては「もったいないことしたなぁ」が正直な気持ちで。

もちろん「大学に行きたい」と思うことと、実際に「大学に行ける」かどうかということは別問題です。
自分の成績のこととか、経済的なこととか、いろいろ含めて。
ただ、「大学に行きたいと思っていたけど行けなかった」と「最初から大学に行きたいとは思わなかった」にも大きな隔たりがあることも事実なんですよね。
どちらが良い/悪いという話ではなくて、自分の気持ちに対する決着の付け方が違うというか。

たぶん僕はもっと早くに「大学に行くのもアリだったなー」という自分の気持ちを認めるべきだったんだと思います。
その上で「いや、もうそれは考えたって仕方ないし」と考えた方が良かったんだろうな、と。
すっごい今さらですけど、ようやくここまで辿り着きました。
時間かかったなー……。

他にもいろいろ考えないといけないことはあるんですが、その「いろいろ」の根本にこの問題があったような気がしています。
これを機に少しずつでも改善していってくれればいいんですけどね。
って、自分で頑張れよって話ですよね。すいません。頑張ります。はい。

-考えてること・考えたこと
-, ,